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船体を洗ひ終つて、これから雑具にかゝらうとしたときだつた。彼はふと対岸に目をやつた。物音がしたわけでもなければ、気配を感じたのでもない。しかるに、そこの路の曲り角には、まるで符合したやうにその時きらきら光る真新しい自転車に乗つた男が現れたところだつた。
「いや、どうも」
威勢よくやつて、相手にされると腰を落ちつけて、人の好さがまる出しになつて、大声で喋りまくる。と云つても、彼自身には何の話の種もないので、多くは人の相槌を打つたり、今他人から聞いた通りのことを彼の声音で何か別の話のやうに見せながら話すだけなのである。
「さあ、殺せ。――うむ、え、さあ。――え、え」
「いや、これから往診に行くところだ」
「どうも、済んまへんでした」
「これはどこに置きますかね、この漬物桶は。――はい、はい。どつこいしよ、と」
「折角のところを、突然でまことに失礼でありますが」
「徳さん、君は草履ばきぢやないか」
房一はあれから相沢の息子を診みに五六度行つた。殆どその度ごとに会つているので、相沢知吉といふ人物については一通りのことは知つているつもりだつた。同時に相沢の経歴についても聞知していた。
「買収ですかな」
「いや」と、喜作は相変らずきつぱりと、煩うるさがりもせず答へた。