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そして、少し横手に身をひきながら、しげしげと房一を眺めた。感慨無量、と云つた態ていであつた。
このどこの誰とも判らない相手を満更知らぬでもないらしい様子を見せながら、房一は手早く書きこむと、
「まあ、葉書でざつと町内に出しときましたがね」
「あのね、何ですよ――」
彼女はその表情を少しもくづさずにすつと引き下つたが、間もなく帰ると、
房一は白シャツを着た小柄な大工と並んで立ちながら、玄関を眺めて云つた。
と、無邪気に、呆あきれたやうに云つた。
と、練吉は急いで云つた。
それはまさに、多くの矛盾、手前勝手を含んでいたにかかはらず、たつた一つの調子は常に変ることなく、何となく相手の耳に沁みこむ響を持つていた。それは、両親に絶えず圧迫され、理想化され、重荷を負はされて来た弱い子供の魂だつた。事実、彼は子供の頃から機械だの細工物だのいふ方面に特色のある才能を現していた。さういふ物をほしがつた。写真機、蓄音機、機関車の模型、それらをせがみ、片つぱしからこはし、次々と倦きて行つた。その倦きつぽさが正文を不安がらせた。殊に、そんな高価な玩具だの遊び道具は正文にとつて一種の贅沢物だつた。或る時、正文は思ひ切つて、それらの物を練吉から取上げた。造る物を見つけるとこはしてしまつた。抑圧した方がいゝと考へたものか、又欲しがる通りに与へて果していゝ結果になつたかどうかわからないが、いづれにしてもこの事は深く練吉の子供心を悲しませた。
「わしは反対だ!」
と云ふ疳高かんだかい大きな声があたりに響きわたつて房一を面喰せた。
その苦痛を天城先生に訴えたら、洗眼器をかして下さった。入浴しながら、これを用いて、冷水で目を洗う。これを三分ぐらいやって、目をとじて、三十分、四十分、湯につかって、茫々去来するままにまかせておくのである。眼の疲れは急速に去った。目に水をそそいでから、ヌル湯にながく、ながく、ひたるということは、目の疲れとは別に、頭の疲れを払うためにもキキメがあるようだ。また入浴前に歯をみがいておくことも、いくらか入浴の頭に及ぼす効果を助けるようだ。