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房一も彼等の仲間であつた。だが、彼はその不器用な竿の操り方と、首の短い、肩幅のむやみと広い、上半身にくらべて不釣合に短い両脚や、ぐつと突き出している下腹部(それは服を着た時に堂々とした押出しに見えたけれども)、そんな特長のある身体つきが、彼らしい不様ぶざまな身ごしらへのためによけい目立つて、例のおきまりの大きな麦藁帽子や白シャツにもかゝはらず、遠くからでもすぐそれと見分がついた。彼はいかにも新参者らしく真新しい手拭を首にかけて、それを顎の下で変な形に結んでいた。彼にも、他の者に共通な、あの幸福さうな仔細しさいらしい表情が見られた。少年の頃恐しく敏捷だつたにもかゝはらず、近年とみに肥満して来たので、動作が何だか不自由さうであつた。彼は水中の石苔に滑つて何度か転んだ。彼は以前の水遊びを、その頃の巧みですばやい身ごなしを忘れ果てたかのやうであつた。
「たゞし、預かるだけだよ。この分が残つている間はいくら後から来ても貰はんよ。いゝかね」
一度房一は家中の眼をぬすんで一人で馬を引き出したことがある。彼は馬小屋の壁の横木によぢ登つてそこから馬に乗らうとしたが届かなかつた。考へた末に木箱を幾つか探して集めてそれを段々に積み重ね、その上から馬の背に渡らうと試みた。それはうまく成功した。馬は彼にとびつかれて始めは驚いて二三度首を振つたが、彼が次兄の日頃やる通りの真似をして落ちついて、短い足で何度か蹴ると、馬は思ひ出したやうに足を踏み出した。
夜になるとその谷間は真黒な闇に呑まれてしまう。闇の底をごうごうと溪たにが流れている。私の毎夜下りてゆく浴場はその溪ぎわにあった。
と訊くと、遊び友達と河へ行つたといふ返事であつた。
あたりには急に殺気立つた空気が感じられた。恐らく、暗やみで途惑とまどひし、右往左往したやり場のない興奮がはけ口を見出しかけたからだらう。男は、はじめの滑稽な様子にひきかへ、今案外な落ちつきと鋭い怒気を見せていた。多分、たゞならぬ空気を察したのだらう、構内ではいつのまにか焚火が消され、高張提灯も取り去られて、柵をへだてて二人の男が対峙している所にだけ一つ残つていたが、下方ではしだいに持込んで来た提灯のためにかへつて前とは逆に明さが行きわたり、土手に肩をいからして立つている男を下から照し出していた。
「馬子まごにも衣裳つて云ふから――」と云つたほどである。
房一はその黒い顔に微笑をうかべながら今泉を見た。
「さうです。相談があるからと云ふんで帰つて来たんですが、僕なんか何も問題はありませんよ。返すものがあれば、いつでも返します。何もないんですよ。家と、田地が少し。それも抵当に入つていますよ。僕がしたわけぢやない。兄貴が選挙の費用だの何だので金が要つたのでせう」
「じゃそのお松まつと言う女はどうしたんです?」
「何分ごらんの通りの未熟者でして――」
かりるに当って女房が挨拶に行ったら、温泉のぬるいことを例外なく念を押して、
「玄関の手入れをどうしようかと云ふのですよ」