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    小谷は髯のことなんかはよく覚えていなかつたので、曖昧に、気のない返事をした。道平は、さつきは盛子に紅くなるほど笑はれて多少気を悪くしたことではあるが、こんな風に自分が元通りに恢復し、房一の家の縁側に腰を下し、やつて来た人から何やかと話しかけられることに一種のまごつきと期待を現しかけた。だが、小谷には何の反応もなく、その目は又紙衣裳の方へ帰つた。

    「大きいやつだねえ」

    「さうぢや」

    「大きいかね」

    家の内部でも、房一はしよつちゆう歩きまはつて何度も道具を置き換へていた。古風な玄関の広間はそつくり待合室になつた。つゞく二室は板敷にして薬局と診察室ができ上つた。壁ぎはに立てた大きな薬戸棚、油布張りの固い患者用の寝椅子、青いビロードのふつくり盛り上つた廻転椅子、縁枠を白く塗つた医療器具棚の中には真新しいメスや鋏、鉗子かんしなどがぴかぴか光つて、大事さうに並べてあつた。

    「うむ、うむ」

    温泉の浴場は溪ぎわから厚い石とセメントの壁で高く囲まれていた。これは豪雨のときに氾濫する虞おそれの多い溪の水からこの温泉を守る防壁で、片側はその壁、片側は崖の壁で、その上に人々が衣服を脱いだり一服したりする三十畳敷くらいの木造建築がとりつけてあった。そしてこれが村の人達の共同の所有になっているセコノタキ温泉なのだった。

    男はじろじろと房一を見ていた。

    笹の葉の下から現れたのは頭から尾まで黒々と廻り、全体に円味がつき、所々の鱗が金色に光つていた。

    盛子は時々半ば無意識に呟いた。

    「かりに、おれが真正面から反抗的に出て、それがために住みにくくなつたとしても、同じことだ」

    後で馬がいないと云ふので騒ぎだつた。

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